シンポジウム─浅間山荘から四十年 当事者が語る連合赤軍 5月13日
1967年から1972年に至る数年間、日本と世界のいたるところで、青年、学生が叛乱に立ち上がりました。
日本では、同時代の若者たちのおそらく数割が参加しています。連合赤軍の活動は、このような大衆運動の未曾有の高揚を背景としていました。
昨年、日本の社会は、激しい地震と大津波、引き続いて発生した原発事故の洗礼を受けました。人々は、日本の社会と文明の成り立ちと、これまでの世の中の仕組みに対して、考え直すことを強いられています。
この時にあたり、あの事件とあの時代に再び光を当て、それが何を意味していたのか、語り合い、考えてみようではありませんか。
日時:5月13日(日曜) 午後13:30〜18:00(時間を延長しました)
場所:目黒区民センターホール
第一部 映像でふりかえる
当時の資料映像を構成、20分。馬込伸吾
第二部 当事者世代が語る
塩見孝也、鈴木邦男、三上治、森達也
第三部 連合赤軍が残したもの
雨宮処凛、ウダタカキ(吉野雅邦役で出演の俳優)、大津卓滋、田原牧、山本直樹
第四部 世界に広がった若者の叛乱─企画中
以下の方が参加の意向を表明し、その他の方も交渉中で、企画中です。
パトリシア・スタインホフ、ピオ・デミリア
4月24日 大津卓滋さんを追加
詳細はこちら (2012.04.23)
「証言」9号を発行
連合赤軍事件から四十年たちました。遠い昔のことなのに、いまもありありと当時のことが脳裏に刻まれているのは、なぜなのでしょうか。
9号では、2月25日に開催された「殉難者追悼の会」での全発言を収録しました。
[お問合せ]から申し込んでいただければ、郵送します。
その際、郵便番号、住所、(できたら)電話番号の入力をお願いいたします。
(2012.4.24)
「証言」9号の詳細はこちら
連合赤軍殉難者追悼の会 開催
2月25日の追悼会は、時おり冷たい雨の降る冬空の下、80名弱の人々の参加を得て開催されました。
10名あまりの関係者の発言は、みな印象的で心に沁みるもので、参会者は集中して聞き入りました。
追悼会での発言内容は、4月20日発行の「証言 9号」に掲載されています。
写真は、黙祷する参会者
詳細はこちら (2012.03.07)
棺を覆いて─永田洋子を送る会 開催
大震災の影響でこられなかった方もいましたが、40名余の参加で開催しました。
かつての仲間、公判の各段階で関わった弁護士、さまざまな形で関わりを持った方など、計11名が故人について語り、獄中の吉野雅邦さん、瀬戸内寂聴さんのメッセージを代読しました。
最後に献花して会を終えました。
詳細はこちら 5/11更新
「残す会」の歩み
「連合赤軍の全体像を残す会」は、1987年に生まれました。
以後、関係者にインタビューを行い、事件についての証言を記録(録音)する活動を続けてまいりました。
1997年5月には、当事者と有志10数名で、群馬県の事件跡地を巡る「慰霊の旅」を行いました。
2003年2月に「連合赤軍殉難者追悼の会」を開催し、2004年からは『証言』を発行しています。
2008年、映画「浅間山荘への道程 実録連合赤軍」の公開後は、より開かれた活動を展開しています。
詳細はこちら
西丹沢、大滝沢の清流──タイトル画像
上のタイトル画像は、2009年8月30日に西丹沢の野営地跡を訪れた際に撮影しました。
大滝沢の流れはあくまでも澄み、38年前と変わらぬ、絶えざる響きをとどろかせていました。
左は写真の全景。
大滝橋バス停から、東海自然歩道に入り、30分ほど沢沿いに登ったところが、野営地跡です。
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