植垣康博さんを送る会が開催されました

2025年4月13日(日)、文京区民センターにて、植垣康博さんの友人・有志の会によって、植垣康博さんを送る会が開催されました。

55名の方がご参加くださり、第一部では田原総一朗さん、前澤虎義さん、大津卓滋さん、雪野建作さん、馬込伸吾さんからそれぞれお話をいただき、第二部では馬込さんが記録されていた晩年の植垣さんの映像を拝見することができました。第三部でも様々な立場、多様な年齢の方々からの哀悼の言葉を聞くことができ、植垣さんの交流の広さと深さを改めて知ることとなりました。

以下は植垣康博さんを送る会へのご案内に記載されたものです。 

植垣康博さんが、本年1月23日に亡くなられました。

 1967年に弘前大学理学部物理学科に入学した植垣さんは、翌年秋にはクラスの代議員となり、その後、弘前大学全学共闘会議を結成。共産主義者同盟赤軍派に参加し、坂東隊の一員として爆弾製造やいわゆる「M作戦」を担い、連合赤軍の山岳ベース事件を経て、軽井沢駅で逮捕されます。およそ27年の獄中生活を経て、1998年に出所後は静岡で「ふしぎな酒場 スナック バロン」を営んでおられました。

 出所後は、連合赤軍事件の記憶と記録とを残そうと、新聞・雑誌・テレビなど様々な媒体に登場し、積極的に発言を続けていました。連合赤軍事件の語り部としてのその姿勢は、彼なりの責任の取り方だったのだと思います。まさしく「”総括”を担ったから、僕には逃げ道がないわけです」ということだったのだ、と。

 逝ってしまった植垣さんの学生時代から最近までの各時代に関わってこられた方々に思い出を語っていただいたり、映像を観ながら偲ぶ会を持ちたいと思います。
 植垣さんと縁のあった方はもちろん、植垣さんへの想いのある方はどなたでもどうぞお集まりください。

2025年3月27日
植垣康博さんの友人・有志の会

呼び掛け人(50音順)
秋山文人、岩田平治、梅原護、大津卓滋、葛城明彦、川添歩、河村正史、木寺一孝、金廣志、木村三浩、黒宮雪彦、小西隆裕、椎野礼仁、塩田祐子、杉山寅次郎、藤井大地、前澤虎義、馬込伸吾、三木武司、水谷佐和子、山中幸男、山本直樹、雪野建作
救援連絡センター、連合赤軍事件の全体像を残す会

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