2013年6月13日、会場の会議室はいつになく多数のひとたちが集まっていた。
岩田さんは長い間、公の発言を控えてきたが、この日は率直に闘いの日々と、「総括」のあと、組織からの離脱を決意するに至った経緯を証言した。
意外だったのは、岩田さんが森恒夫の指導性に対して、深い信頼を寄せていた、と語ったことである。
─2017年3月25日発行
目次
離脱した連合赤軍兵士─岩田平治の証言
辰野で生まれ、諏訪清陵へ
水産大朋鷹寮305号室
京浜安保共闘の人たちと親しくなる
武装闘争に共感
組織への加盟
武闘への飛躍と組織
毛沢東思想の影響
12.18上赤塚交番襲撃闘争
真岡猟銃奪取闘争後
知らされなかった向山さんの殺害
「やってられない」と思って書いた意見書
森恒夫に心服
向山さんのこと
一度は得心した「総括」
名古屋の10日間
離脱した心境
政治組織と男女関係
「共同幻想論」による理解
「共同幻想論」による連合赤軍事件の考察 岩田平治
※編集ミスのお詫び
11号の一部に編集ミスがあり、三上氏の発言が一部重複して掲載されていました。
33~34ページと、37~39ページの部分です。
37ページ~39ページの部分が重複して削除が必要です。
発言者の三上氏と読者の皆様に深くお詫びいたします。